2026-06-27 コメント投稿する ▼
ブラジル穀倉化の轍、南米EPAで重要鉱物確保へ
半世紀近く前、日本の協力でブラジルが世界の穀倉へと変貌を遂げた「奇跡」は、危機に備える重要性を示唆しています。 現在、日本は南米の経済共同体メルコスルとの経済連携協定(EPA)交渉に臨もうとしており、過去の成功体験を糧に、重要鉱物の安定供給を含む経済安全保障の強化を目指しています。 このような危機に備え、輸入先の多角化は長年、経済安全保障上の重要課題とされてきました。
ホルムズ海峡危機が映す食料・エネルギーの脆弱性
6月下旬、オマーン沖のホルムズ海峡付近で発生した事案は、中東情勢の悪化が日本の経済・社会に与える潜在的なリスクを改めて浮き彫りにしました。日本は原油の大多数をこの海峡を経由して輸入しており、その供給途絶はエネルギー分野に壊滅的な影響を与えかねません。
しかし、その影響はエネルギー分野にとどまりません。燃料や肥料の価格高騰、物流の停滞が長引けば、世界規模での食料不足を招く懸念が国際社会から指摘されています。食料自給率が低く、多くの食料を輸入に頼る日本にとって、これは国家の存立に関わる深刻な問題と言えるでしょう。
半世紀前の「奇跡」:ブラジル農業開発が拓いた道
このような危機に備え、輸入先の多角化は長年、経済安全保障上の重要課題とされてきました。その象徴的な事例として、約半世紀前に日本の官民が協力して進めたブラジルの農業開発事業「プロデセール」が挙げられます。
この事業が始まったのは1979年です。舞台となったのは、土壌が悪く「不毛の大地」と呼ばれていたブラジル中西部の広大な熱帯サバンナ地帯「セラード」でした。日本は、この地域を新たな食料供給源とするべく、技術と資金の両面からブラジルを支援しました。その結果、セラードは世界有数の穀倉地帯へと見事に生まれ変わったのです。
日本がブラジルに目を向けた直接のきっかけは、1973年のニクソン米政権による大豆禁輸措置でした。当時、日本は食料用大豆の大部分を米国からの輸入に依存していました。この禁輸により、醤油や味噌といった日本の食卓に欠かせない食材の供給が危機に瀕し、輸入先の多角化、すなわち食料安全保障の強化が急務となったのです。
皮肉な現実と保護主義の影
もっとも、1973年の米国による大豆禁輸は一時的な措置でした。その後も、日米間の貿易摩擦などの影響もあり、日本が米国産大豆への依存構造から完全に脱却することはできませんでした。その一方で、ブラジルで開発された大豆の多くは、近年、中国市場へと向かうようになります。
これは、海外からの食料調達において、日本が中国に「買い負ける」懸念が高まっている現状を鑑みれば、皮肉な展開と捉えることもできるでしょう。ブラジルでの農業開発が、結果的に中国の食料調達力強化に貢献した側面があるかもしれません。
とはいえ、過去の経緯が、危機に備えて手を尽くすことの意義を損なうわけではありません。むしろ、近年強まる保護主義の潮流や、中国による重要鉱物の輸出規制といった経済的威圧を考慮すれば、食料分野に限らず、あらゆる領域で対外連携を深化させることが不可欠となっています。
メルコスルとのEPA交渉が目指す「次なる成果」
こうした国際情勢を踏まえ、日本は近く、ブラジルを含む南米5カ国が加盟する関税同盟「メルコスル(南部共同市場)」との間で、経済連携協定(EPA)の交渉を開始する見通しです。
この協定を通じて特に期待されているのが、南米大陸に豊富に存在する重要鉱物の安定的な供給ルートを確保することです。レアアースをはじめとする重要鉱物は、先端技術産業に不可欠であり、その供給網の脆弱性は経済安全保障上の大きなリスクとなり得ます。
メルコスルとのEPA交渉は、単なる貿易や投資の自由化にとどまらず、いかにして経済安全保障を強化できるかが問われる重要な局面です。過去、セラードの農業開発で「奇跡」とも言える成果を上げたように、今回の連携を通じて、日本が再び確かな「成果」を得られるのか、その手腕が試されることになるでしょう。