衆議院議員 鷲尾英一郎の活動・発言など
衆議院議員 鷲尾英一郎の活動や発言・ニュース・SNSへの投稿です。ユーザー登録(無料)後、ログインすることで投稿することができます。
活動報告・発言
公約がついているタイトルは公約に関連する活動です。
自民党新潟県連、新会長に鷲尾英一郎氏が就任
自民党新潟県連は11日、新潟市内で定期大会を開催し、新たな県連役員人事を決定しました。衆議院議員の鷲尾英一郎氏(49)が新会長に就任し、来春に予定されている統一地方選挙や再来年の参議院議員選挙での勝利に向けた強い決意を表明しました。党本部からは鈴木俊一幹事長が駆けつけ、県連の新たなスタートを激励し、党本部としての支援を約束しました。 新体制の発足と役員紹介 今回の定期大会で承認された新役員人事は、県連の新たな船出を象徴するものとなりました。新会長に就任した鷲尾氏は、衆議院議員として国政の場で活躍する一方、新潟県連においても若手リーダーとして期待されています。また、県議会議員で地域に根差した活動を長年展開してきた皆川雄二氏(59)が新幹事長に、笠原義宗氏(51)が政務調査会長にそれぞれ就任しました。 選挙対策の要となる総務会長には、引き続き中村康司県議会議員(67)が続投することになりました。中村氏は2024年から同職を務めており、直近の衆議院総選挙や新潟県知事選挙における自民党の勝利に貢献してきた実績があります。この経験豊富なメンバー構成により、県連は組織力の強化と選挙対策の継続性を図る狙いです。新体制は7月22日からスタートし、任期は1年間となります。 新会長・幹事長が語る県連の使命 新会長に選出された鷲尾氏は、新体制における最大の使命として「統一地方選挙での全員当選と党勢拡大」を掲げました。この言葉には、目前に迫る地方選挙での勝利はもちろん、県内における自民党の影響力をさらに高めていくという強い意志が込められています。 続く新幹事長の皆川氏も、「統一地方選挙では、我々が擁立する県議会議員32名全員の当選は最低限達成しなければならない必須事項だ」と述べ、目標達成への強い意気込みを示しました。県議会における自民党の議席維持・拡大は、県政運営における同党の影響力を確保する上で極めて重要です。県連としては、この明確な目標達成に向け、組織全体で一致団結して選挙に臨む構えです。 鈴木幹事長からの期待と支援 この重要な節目となる定期大会には、自民党本部から鈴木幹事長が出席し、県連役員や党員・党友を前に挨拶を行いました。鈴木幹事長は、今年2月に行われた衆議院総選挙における自民党の大勝に触れ、「この勢いを活かし、来春の統一地方選挙、そして再来年の参議院議員選挙においても、新潟県連が勝利を収めることを期待している」と述べました。 さらに、「党本部としても、新潟県連が目標を達成できるよう、これまで以上にしっかりと応援していく」と、具体的な支援体制を約束しました。この党本部の支援表明は、県連にとって大きな励みとなるでしょう。党中央との連携を密にしながら、統一地方選挙と参議院選挙という二つの大きな選挙戦を乗り越えていく決意を新たにしました。 統一・参院選勝利へ向けて 自民党新潟県連の新体制は、まさに「選挙」を最重要課題としてスタートを切りました。来春の統一地方選挙では、県議会議員選挙はもちろん、市町村議会議員選挙や首長選挙なども含め、全国的な政治の流れを新潟県内に着実に根付かせることが求められます。特に、知事選挙や衆議院選挙で示された県民の支持を、地方議員選挙においても確実に勝利へと結びつけていくことが重要です。 さらに、再来年の参議院議員選挙は、国政の行方を左右する重要な選挙です。新潟県における議席を維持・拡大することは、国政における自民党の安定的な政権運営に不可欠と言えるでしょう。鷲尾新会長を中心に、県連が一丸となって選挙態勢を強化し、党勢拡大に繋げていくことが期待されます。 まとめ - 自民党新潟県連が新体制を発足。 - 鷲尾英一郎氏が新会長に就任。 - 統一地方選挙で全員当選を目指す。 - 鈴木俊一幹事長が党本部の支援を約束。
鷲尾英一郎氏が浪人生活語る「正直もうお金が続かなかった」公認会計士の資格で事務所維持
2026年2月8日に行われた衆院選で新潟4区から出馬し、7期目の当選を果たした自民党の鷲尾英一郎氏(49)。2005年の初当選以来、6期連続で当選してきた鷲尾氏ですが、2024年10月の衆院選では初めて落選の苦杯をなめました。1年3カ月の浪人生活を過ごし、公認会計士の資格を生かして事務所を維持する苦悩の日々について、鷲尾氏が赤裸々に語りました。 鷲尾氏は新潟県長岡市の事務所で、当選を祝う多くの花束に囲まれながら取材に応じました。真冬の選挙戦は、訴えを広げることの難しさを感じながらの戦いだったと振り返ります。 真冬の選挙戦の難しさ 「街頭演説会が本当に数少なかった。夜の個人演説会に至っては1回だけだったかと思う。通常の選挙だと街頭演説会は100回近く、夜の個人演説会も50から60回はやるが、それが全くない。どうやって訴えを有権者の皆さんに届けるかというところが非常に苦しかった」 大雪を考慮し、街頭演説や個人演説会を極力行わない方針を徹底しました。長岡市で唯一開いた演説会が投票3日前の2月5日の総決起大会で、1800人(主催者発表)が集まりました。ある参加者は「鷲尾さんをずっと支持してきたわけではないが、話を聞いて、必死さが伝わってきた」と話しています。 >「正直、もうお金が続かなかった。限界の時に解散になった」 >「事務所としても『これ以上は難しい』と考え始めた矢先の選挙だったので、救われた」 >「20年目にして初めて公認会計士の資格が別の意味で役に立った」 >「落選経験とはこういうものだと認識したこと。分からないものは怖い」 >「そうしたものを生かしながら落選を乗り切れたという経験そのものが大きい」 初めての落選に「あまりにもショック」 それでも、高市早苗首相の人気を追い風に特に無党派層で中道改革連合の米山隆一氏を引き離しました。新潟4区の開票結果は、鷲尾英一郎氏が10万7128票、米山隆一氏が6万2446票でした。投票が締め切られた午後8時にすぐに当確の一報が流れ、会場は「早い」「やったぞ」とやんやの喝采となりました。 しかし2024年10月の衆院選では、2005年に初当選を果たして以来、6期連続で当選してきた鷲尾氏が初めての落選を経験しました。想像以上にショックが大きかったと話します。 「あまりにもショックで、落選当初は自分がどういう状況にあるのか客観視できず、記憶が曖昧なところもある。これまでは『有権者の皆さんが漠然と自分のことを見てくれているだろう』という信頼感があった。厳しい選挙もなんとか当選させていただいていたから。しかし、前回の選挙でそれが完全に打ち砕かれた。新しい選挙区になったこともあるが、すごく切ない気持ちになった。そこからどうやって信頼を得ていくのかと気持ちを切り替えて前を向くまでには時間がかかった」 公認会計士の仕事で事務所を維持 落選のショックがある中でも、参院選が控えていたことから徐々に活動を再開させました。それでも、議員としての収入は断たれたため、秘書や事務所を維持するのは簡単なことではありませんでした。 「私は公認会計士でもあるので、顧問先を増やすこと、これに尽きた。今も、選挙区外の上場企業の社外取締役をやっていて、正直に言うと東京に出稼ぎに行っている。地元に100パーセント注力したくても秘書も食べさせていかなければならない。自分自身で顧問先を増やして仕事をさせてもらったのと、支援者の方々から資金管理団体や政党支部に個人献金や企業献金をいただき、なんとか事務所を維持してきた」 鷲尾氏は1977年、新潟県新潟市生まれです。実家は魚屋で、祖父は珠算塾を経営していました。新潟県立新潟高等学校、東京大学経済学部を卒業後、2001年に新日本監査法人に入社しました。2005年に新日本監査法人を退社し、鷲尾英一郎公認会計士・税理士・行政書士事務所を開業しています。 それでも秘書を残したのは、人間関係を重視していたからだと明かします。ただ、1年が過ぎ、金銭的に厳しい状況は加速していました。 「正直、もうお金が続かなかった。限界の時に解散になった。事務所としても『これ以上は難しい』と考え始めた矢先の選挙だったので、救われた」 落選から得た収穫 公認会計士としての仕事と政治活動を両立する日々。それが結果となって表れたのが今回の衆院選でした。「もう落選経験はしたくない」と苦笑いを浮かべつつも、収穫がなかったわけではないといいます。 「一つは、落選経験とはこういうものだと認識したこと。これまで6期連続当選で、一度も落選経験がなかった。分からないものは怖い。落選したらどうなるんだろうという恐怖心があった。もちろん、公認会計士の資格があるので路頭に迷うことはないだろうと思って立候補したが、20年目にして初めてその資格が別の意味で役に立った。それ以上に大きいのは、そうしたものを生かしながら落選を乗り切れたという経験そのもの。落選とはどういうものかを理解できたことが大きい」 大臣ポストを見据える 今回の衆院選で新潟県内の5選挙区全て制した自民党の中で、鷲尾氏は当選回数が最多となります。一方で、新潟県選出の議員では、田中真紀子氏が当時の民主党政権で文部科学大臣を務めて以降、大臣を輩出できていません。鷲尾氏はこの任期での大臣ポストも見据えています。 「最初はやはり経済閣僚。農水とか国交とか。一番やってみたいのは官房長官だが、そこまではまだ時間がかかる。皆さんから当選させていただく限り、地元に一番貢献できるのは自分だと思っている。これだけの修羅場をくぐってきたので、政局を動かす点でも一日の長があるかと思う」 鷲尾氏は外務副大臣、農林水産大臣政務官、衆議院環境委員長を歴任してきました。民主党、民進党時代を経て、2019年3月に自民党へ入党しています。2020年9月には菅義偉内閣で外務副大臣に任命されました。 自民党が大勝し、政権運営の安定が見込まれる今、求められるのは何より結果です。物価高対策や農政など山積する課題にどう向き合い、成果を示せるのか。その実績こそが次の選挙での評価につながります。 鷲尾氏の浪人生活の経験は、政治家のリアルな姿を浮き彫りにしました。公認会計士という資格があったからこそ乗り切れた1年3カ月でしたが、多くの落選議員は同じような苦境に立たされています。政治家の生活実態と、選挙制度のあり方が改めて問われています。
オススメ書籍
鷲尾英一郎
「先生の通信簿」は、議員や首長など政治家の公約・政策を「みんなで」まとめるサイトです。また、公約・政策に対しては、進捗度・達成度などを含めたご意見・評価を投稿することができます。
政治家や議員の方は、公約・政策を登録し有権者にアピールすることができます。また、日頃の活動報告も登録することができます。
選挙の際に各政治家の公約達成度や実行力など参考になれば幸いです。
※この情報は当サイトのユーザーによって書き込まれた内容になります。正確で詳しい情報は各政治家・政党のサイトなどでご確認ください。