2026-04-01 コメント投稿する ▼
自民・岩屋氏、国旗損壊罪創設に警鐘「政治的アピール」懸念、慎重議論をHPで表明
立法事実の欠如や表現の自由への配慮などを理由に、「政治的なアピール」に終わる可能性を指摘し、党としての「見識・良識」ある議論を求めていることを明らかにしました。 このPTは、侮辱目的で日本国旗を傷つける行為に罰則を科す「日本国国章損壊罪」の創設を目指しており、その初会合が開かれました。 一方で、日本国旗を損壊する行為は、既に刑法261条の「器物損壊罪」で罰することが可能であるとの見解を示しました。
慎重論の背景
岩屋氏が今回、ホームページで詳細に説明したのは、3月31日に開かれた党本部でのプロジェクトチーム(PT)での発言内容です。このPTは、侮辱目的で日本国旗を傷つける行為に罰則を科す「日本国国章損壊罪」の創設を目指しており、その初会合が開かれました。
しかし、岩屋氏はかねてよりこの問題に対して消極的な姿勢を示してきました。その最大の理由として、国旗が侮辱されるような行為が社会で頻繁に起きているという「立法事実」が確認できないことを挙げています。事実がないまま法整備を進めることは、国民受けを狙った「政治的なアピール」にしかならないのではないか、との強い懸念を表明した形です。
「外国国章損壊罪」との法的な違い
岩屋氏は、しばしば比較対象とされる「外国国章損壊罪」との法的な違いも詳細に解説しました。この罪は、外国との円滑な関係を維持するという「外交的利益」を守るために設けられたものであり、相手国の告訴がなければ起訴されない「親告罪」となっています。
これは、外交交渉の余地を残すための配慮に基づく規定であり、国旗損壊罪とは根本的に趣旨が異なると説明しています。一方で、日本国旗を損壊する行為は、既に刑法261条の「器物損壊罪」で罰することが可能であるとの見解を示しました。事実認定さえされれば、自動的に起訴される可能性もあり、法的な保護がされていないわけではない、という考えです。
表現の自由への配慮
さらに、岩屋氏は憲法が保障する「内心の自由」(憲法19条)や「表現の自由」(憲法21条)との関係を重視しています。国旗に対する批判的な意思表示などが、新たな法律によって不当に制限されたり、国民が萎縮したりすることを強く懸念しているのです。
過去には、アメリカの最高裁判所も、同様の理由で州法として制定されていた国旗損壊罪を合衆国憲法違反として無効とした例があると指摘し、日本においても慎重な判断が必要であると訴えました。国民主権のもと、国民の自由や権利を不必要に制約するような立法には、極めて慎重であるべきだという考えが根底にあると言えるでしょう。
限定的な立法案と現状の必要性
仮に法制化を検討するとしても、その対象は極めて限定的でなければならないと岩屋氏は主張します。具体的には、「公的機関が所有し、公的な場で掲示されている日本国旗」に限定し、かつ「公衆の面前」で行われる行為のみを対象とする「形式犯」にすべきだと提案しています。さらに、その行為の動機の是非を問わないような内容にしか構成し得ないだろうとの見解も示しました。
しかし、そのような限定的な立法であっても、「今、あえて法律を作る必然性や必要性があるのか」という根本的な問いを投げかけています。国旗国歌法が制定されて以降、国旗を尊重する意識は幅広く国民の間に定着しているとの認識を示し、現状では新たな法律を制定するほどの状況ではないとの見方を示唆しました。
今後の議論への影響
岩屋氏の発言は、国旗損壊罪創設を目指すPT内での議論に一石を投じるものとなります。総理大臣である高市早苗氏周辺には、岩屋氏に「恨み」を持つ声もあると伝えられており、党内での温度差が浮き彫りになっています。
また、連立を組む公明党の竹谷代表も「寄せ書きをすると損壊になるのか」と疑問を呈するなど、他党からも慎重な意見が出ており、国旗を巡る法整備の議論は、今後さらに複雑化する可能性があります。
国民の愛国心や象徴に対する敬意は大切なものですが、それを法によって強制することの是非については、国民的な理解と合意形成が不可欠です。今後、自民党としてどのような「見識・良識」を示していくのか、国民的な議論も踏まえながら、慎重な熟議が求められるでしょう。