2026-02-26 コメント投稿する ▼
森英介氏が衆院議長に選出、麻生太郎副総裁の腹心で皇室典範改正のまとめ役に
自由民主党の森英介元法相が2026年2月18日、特別国会の衆院本会議で第81代衆議院議長に選出されました。77歳で衆議院議員13期を務める森氏は、麻生派事務総長として麻生太郎副総裁の腹心として知られています。人選には紆余曲折があり、麻生派のベテラン議員を中心に声がかかった中、一度は断った森氏が再度の打診に応じました。麻生氏の強い意向が働いたとみられ、停滞する皇位継承に関する議論を加速させる狙いがあります。
政治家一家の末裔
森英介氏は1948年に東京都千代田区で生まれました。祖父の代から千葉県を地盤に100年近く続く政治家一家の末裔です。父は第2次中曽根康弘内閣で環境庁長官を務めた森美秀氏、伯父が三木武夫元首相です。名門一族の出身で、祖父の森矗昶氏は昭和電工や昭和火薬など森コンツェルンの創設者で衆議院議員を務めました。
1974年に川崎重工業に入社し、エンジニアとして働きました。1984年には名古屋大学から工学博士の学位を取得しています。政界で珍しい理系人材でもあります。1990年の衆院選で初当選し、今年で勤続年数は36年になります。当選回数も今回の衆院選で13回を数え、派内では麻生氏の16回に次いで2番目に多い数字です。
麻生派の中核として活躍
森氏は2006年に麻生派の旗揚げに参加し、2021年からは事務総長を務めています。長年にわたって麻生氏を支える腹心の一人です。お坊ちゃま育ちで人柄が良く、酔うとギターで弾き語りを披露する陽気な一面もあります。一方でさしたる党役職の経験もなく、法相を務めたのは親分の麻生政権時代でした。
2008年に麻生内閣で法務大臣に任命され初入閣しました。在任中は飯塚事件の被告人など9人の死刑囚の死刑執行命令を発令しました。2009年9月に麻生内閣総辞職により法務大臣を退任しています。その後は自民党行政改革推進本部長、憲法改正推進本部長、衆議院憲法審査会会長、衆議院国家基本政策委員長、衆議院政治倫理審査会会長などを歴任しました。
千葉県の東京五輪のサーフィン競技の会場となった地域などを地盤とし、ヨットやサーフィンといったマリンスポーツを愛好しています。2025年は大阪・関西万博に公私で3回訪れました。2022年5月にはロシアのウクライナ侵攻に伴うロシア政府による日本への報復措置によって、ロシア連邦への入国を恒久的に禁止されました。
皇室典範改正が最大の課題
麻生氏は森氏を立法府の長に送り込み、停滞する皇位継承に関する議論を加速させたい意向です。男系男子による皇統維持のため、皇族の確保は喫緊の課題となっています。焦点は女性皇族が結婚した後も皇族の身分を保持するかどうか、そして旧宮家の男系男子を養子として皇室に迎えるか否かという2点です。
問題の解決には皇室典範の改正が必要となります。衆参の正副議長が皇位継承に関する全体会議を主催し、とくに衆院議長は議論のまとめ役として大きな影響力を持ちます。2025年の通常国会では、額賀福志郎前衆院議長の下で皇族数を確保する案について与野党協議が重ねられました。しかし立憲民主党が結婚した女性皇族の夫と子にも皇族の身分を付与すべきだ、養子縁組は憲法上の諸課題をクリアにする必要があるなどと主張したことから議論が停滞し、意見集約は見送りになりました。
麻生氏はこうした状況に業を煮やしているとされます。麻生氏にはたかだか数十年しか生きていない現代人が、2000年以上にわたって先人が守り続けてきた万世一系の皇統に手を加えるなどおこがましいとの意識があります。女系容認をタテに議論を進ませなかった野田佳彦氏が党代表を退き、玄葉光一郎前衆院副議長と馬淵澄夫前代表代行たちが落選したいま、子飼いの森氏を使って皇室典範改正を実現させる腹でしょう。
麻生氏は2025年4月に安定的皇位継承の法制化を求める国民大会で「早期に立法府の総意を取りまとめ、これを踏まえた法案を今国会中に政府に提出させ、成立させるべく全力を尽くしていく」と決意を述べています。女性皇族が婚姻後も皇族の身分を保持する案については「配偶者、子どもは皇族としないことが極めて重要だ。配偶者が皇族になるとすると、結婚のハードル自体が非常に上がってしまう等、多数問題がある」と主張しました。
森氏は議長就任後、安定的な皇位継承のための皇族数確保策について取りまとめ役を担うことになります。麻生氏を閣下と慕う森氏は期待に応えられるか、注目が集まります。