2026-03-14 コメント投稿する ▼
国会議論のスキップ、健全な民主主義を揺るがしかねない 大川千寿氏
この予算案の審議過程では、国会運営のあり方や、政府・与党による「数の力」の行使が問題視されています。 これは、「数の力」を露骨に使う政権運営と言わざるを得ず、民主主義における熟議のプロセスを軽視しているのではないかという懸念が広がっています。 しかし、その多数を背景にして、国会での議論そのものを「スキップ」しようとする姿勢は、民主主義の根幹を揺るがしかねない問題です。
議論の形骸化
「数の力」に頼る政権運営の危うさこれまで、日本の国会運営においては、政府・与党が多数派であっても、少数意見に配慮し、国会運営におけるバランスを保とうとする姿勢が見られてきました。これは、「数の力」をひけらかすこと、いわゆる「数のおごり」が世論の反発を招くリスクを、政府・与党自身が理解していたからです。しかし、高市早苗政権下では、こうした長年の国会運営の原則が揺らいでいるのではないか、との指摘が出ています。
異例の進行
巨額予算案、審議時間は過去最短クラス高市早苗政権は、2026年度予算案を今年度内(2026年3月末まで)に成立させることを目指し、国会審議の時間を大幅に短縮する方針を打ち出しました。その結果、予算委員会では、与野党間の合意によらない、予算委員長の職権による議事進行が繰り返し行われるという異例の事態となりました。これは、「数の力」を露骨に使う政権運営と言わざるを得ず、民主主義における熟議のプロセスを軽視しているのではないかという懸念が広がっています。
さらに、2026年度予算案は、一般会計の総額が過去最大の122兆円超という巨額なものとなっています。これほど多額の予算については、国会によるより厳密なチェック機能が不可欠です。にもかかわらず、審議時間が短縮されたことの妥当性については、大きな疑問符が付きます。そもそも、予算案の審議入りが遅れた背景には、解散・総選挙に踏み切った高市首相の判断があり、その責任の重さも指摘されています。
説明責任
首相、答弁回避の姿勢に専門家が警鐘今回の予算審議で特に注目されたのは、質疑の中心となるべき首相自身が答弁に立つ機会が少なく、代わりに閣僚が答弁する場面が目立ったことです。国民は、首相に対して政策の指揮者としてのリーダーシップや、その政策の根拠を自らの言葉で語ることを期待しています。これは、首相への期待と、説明責任の免除は全く別問題であることを意味します。
政策の実現を急ぐのであれば、なおのこと、首相が国民に対して丁寧に説明責任を果たすことが不可欠です。しかし、今回の国会運営からは、その姿勢が十分に見られたとは言えません。政府・与党の多数を背景に、国民への直接の説明責任を回避しようとしているのではないか、との疑念を抱かせるものでした。
民主主義への危機
「議論のスキップ」は許されるのか高市首相が先の衆議院選挙で圧倒的多数の支持を得た事実は、国民の意思として重く受け止める必要があります。しかし、その多数を背景にして、国会での議論そのものを「スキップ」しようとする姿勢は、民主主義の根幹を揺るがしかねない問題です。多数派の意見が常に正しいとは限らず、多様な意見に耳を傾け、熟議を尽くすことが、健全な民主主義社会の維持・発展には不可欠なのです。
今回の予算審議のあり方は、こうした民主主義の本質的な原則が、現実の政治の中でどのように扱われるのかを私たちに問いかけています。単なる「数の力」の行使に終始し、国会での丁寧な議論を避けることは、国民の政治への信頼を損ない、民主主義そのものを危うくしかねません。専門家は、今回の予算審議のプロセスが、今後の国会運営、ひいては日本の民主主義のあり方にどのような影響を与えるのか、注視していく必要があると指摘しています。