2026-02-25 コメント投稿する ▼
永田町の「贈答文化」は是か非か?高市首相のカタログギフト配布から考える政治の慣例
2026年2月、高市早苗首相側が自民党の国会議員に対し、当選祝いとして「カタログギフト」を配布していたことが明らかになりました。 これに対し、元衆議院議員の宮崎謙介氏は、こうした贈答は歴代政権でも行われてきた「慣例」であるとの見方を示しました。 今回の高市首相側による「カタログギフト」という選択について、宮崎氏は「苦肉の策であり、妥協点だったのではないか」と分析しています。
高市首相によるカタログギフト配布の背景
2026年2月、高市早苗首相側が自民党の国会議員に対し、当選祝いとして「カタログギフト」を配布していたことが明らかになりました。このニュースは、政治の世界における「贈り物」のあり方について大きな議論を呼んでいます。
事の発端は、先の衆議院選挙の後に、高市首相側が自民党議員全員を対象にギフトを贈ったことです。これに対し、元衆議院議員の宮崎謙介氏は、こうした贈答は歴代政権でも行われてきた「慣例」であるとの見方を示しました。
かつて石破茂前首相が、新人議員に対して1人あたり10万円分の商品券を配ったことが問題視された経緯があります。今回のカタログギフト配布も、そうした過去の事例の流れを汲むものと考えられます。
元議員が明かす永田町の驚くべき贈答実態
宮崎謙介氏は、自身が議員だった頃の経験を振り返り、永田町という場所がいかに贈答品であふれているかを証言しました。彼によれば、派閥の幹部や閣僚から「いつもありがとう」という言葉とともに、さまざまな品物が贈られていたといいます。
具体的には、高級なスーツやワイシャツの「仕立券」を受け取ることがあったそうです。また、地方出身の先輩議員からは、その土地の農産物が届くことも日常茶飯事でした。
さらに、宮崎氏自身も法案の提出などで世話になった先輩議員に対し、ブランド物の洋食器を贈ったことがあると明かしました。このように、政治家同士が品物を贈り合うことで人間関係を円滑にする文化が、根深く存在していることがわかります。
なぜ「カタログギフト」という形を選んだのか
今回の高市首相側による「カタログギフト」という選択について、宮崎氏は「苦肉の策であり、妥協点だったのではないか」と分析しています。
以前、石破前首相が配った「商品券」は、現金に近い性質を持つため、世論から強い批判を浴びました。一方で、何も配らないという選択肢は、永田町の論理では難しい側面があります。
カタログギフトであれば、受け取った側が自分で商品を選ばなければ、実質的にモノを受け取ったことにはなりません。宮崎氏は「受け取りたくなければ、手続きをしなければよいだけだ」と述べ、批判をかわすための工夫だったという見方を示しました。
「ムラ社会」の論理と政治家のメンツ
なぜ、批判を受けるリスクを冒してまで贈り物を続けるのでしょうか。そこには「永田町」という特殊なムラ社会の論理が働いています。
宮崎氏によれば、こうした贈り物をやめてしまうと、周囲から「あの人はケチだ」というレッテルを貼られてしまう恐れがあるといいます。政治家にとって、党内での評判や人望は権力の源泉です。そのため、慣例を無視することは政治的なリスクを伴うのです。
また、高市首相側は、自分に批判的な「反高市」派の議員にもあえてギフトを配ったとされています。これは、情報が外部に漏れることを承知の上で行われた「確信犯」的な行動であり、党内の融和を演出する狙いがあったと考えられます。
問われる政治の透明性と国民感覚との乖離
宮崎氏は、これらの贈答品を「お歳暮のようなもの」と表現し、感謝の形であると主張しています。しかし、こうした政治家同士の「付け届け」が、国民の目には不透明な癒着や特権意識の表れとして映ることは避けられません。
政治資金の透明性が厳しく問われる現代において、たとえ慣例であっても、多額の費用をかけた贈答文化を維持し続けることには疑問の声が上がっています。
「お礼ができなくなれば何もできなくなる」という政治側の論理と、「政治家だけが特別なルールで動いている」という国民の不信感。この大きな溝をどう埋めていくのかが、これからの日本政治に問われています。