2026-03-27 コメント投稿する ▼
対馬丸に魚雷の穴を初確認 28年ぶり再調査で1484人犠牲の真実に迫る
内閣府は2026年3月26日、太平洋戦争中の1944年8月に撃沈された学童疎開船「対馬丸」の水中調査結果を公表しました。 船体の左舷中央付近に魚雷攻撃を受けたとみられる穴が確認され、内閣府は「被害の詳細が明らかになったのは初めて」としています。 1997年に船体の一部が初めて発見されましたが、当時は「対馬丸」という船名が記された部分の一部しか撮影できませんでした。
対馬丸水中調査で魚雷の穴を初確認 28年ぶりの再調査で全容が明らかに
内閣府は2026年3月26日、太平洋戦争中の1944年8月に撃沈された学童疎開船「対馬丸」の水中調査結果を公表しました。船体の左舷中央付近に魚雷攻撃を受けたとみられる穴が確認され、内閣府は「被害の詳細が明らかになったのは初めて」としています。遺骨や遺品は見つからなかった一方、周辺の海底から収集した木片や金属片などの解析が今後進められる予定です。
1944年の悲劇とは 学童784人を含む1484人が海に沈んだ
対馬丸は1944年8月21日、国民学校の学童や引率教員、一般疎開者ら約1788人を乗せて那覇港を出港しました。長崎へ向かう途中、翌22日の夜、鹿児島県・悪石島の北西約10キロの海域でアメリカ海軍の潜水艦「ボーフィン」号から魚雷攻撃を受け、およそ10分余りで沈没しました。乗船者のうち1484人(氏名判明分)が命を落とし、犠牲者の中には学童約784人が含まれています。
生還したのはわずか177人で、乗船者の約83パーセントが命を落とすという凄惨な結果となりました。救助された学童はわずか59人でした。
「82年間も海の底に眠っている子どもたちのことを思うと胸が痛い。忘れてはいけない」
「今回の調査で魚雷の穴がはっきり確認されたのか。やっと事実が明らかになり始めた」
「遺骨がまだ見つかっていないのが切ない。海に眠る犠牲者たちに手を合わせたい」
「対馬丸の話を初めて知った。戦争の悲劇を学校でもっと教えてほしいと思う」
「沖縄の子どもたちが疎開する途中で命を奪われた。この事実を絶対に風化させてはいけない」
かん口令と長年の沈黙 歴史に埋もれてきた惨劇の真実
当時、旧日本軍は生存者に対して「かん口令」を敷き、撃沈された事実を話すことを禁じました。犠牲者の遺族には正確な情報が伝えられず、戦後も長く「不明」のまま放置されました。戦後27年にわたる米統治が続いたことも戦没者調査を困難にしました。こうした経緯から、今も犠牲者の正確な数は確認されていません。
1997年に船体の一部が初めて発見されましたが、当時は「対馬丸」という船名が記された部分の一部しか撮影できませんでした。2004年には那覇市に「対馬丸記念館」が開館し、犠牲者の遺影や遺品、生存者の証言を通じて戦争の悲劇を伝え続けています。
今回の調査は2025年11月から12月にかけて実施されました。カメラとロボットアームを搭載した無人探査機が船体の周囲を一周しながら撮影することに成功し、右舷船首近くには「対馬丸」という船名も確認されました。さらに収集した映像と情報をもとに、3Dの船体モデルも作成されました。船体の上部にあった煙突などの構造物はほとんどが崩落し、骨組みの一部のみが残っている状態でした。
今回の調査の意義と今後の課題 遺骨発見への道は続く
今回の発見の意義は大きいものがあります。これまで断片的にしか確認されていなかった攻撃の痕跡が、無人探査機による全周撮影と3Dモデル化によって初めて立体的に記録されました。船体の左舷のみに穴が開いていることも確認され、攻撃の方向や態様に関する新たな手がかりとなります。政府は今後も海底に堆積した木片や金属片の解析を進め、事件の詳細な解明を続ける方針です。
沈没から82年が経過し、生存者はほとんどが亡くなっています。しかし海の底には、今も多くの犠牲者が眠っています。今回の調査は単なる歴史的記録にとどまらず、戦争によって命を奪われた子どもたちと遺族への誠実な向き合いでもあります。記念館での証言活動と今回の発表を通じて、この悲劇が次の世代に語り継がれることが求められています。
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まとめ
- 内閣府が2026年3月26日、学童疎開船「対馬丸」の水中調査結果を公表
- 船体の左舷中央付近に魚雷攻撃を受けたとみられる穴を初めて確認
- 調査は2025年11〜12月に無人探査機で実施、船体の全周撮影と3Dモデル化に成功
- 遺骨・遺品は見つからず、木片・金属片の解析を今後進める方針
- 対馬丸は1944年8月22日に撃沈、1484人(学童約784人含む)が犠牲
- 旧日本軍のかん口令により犠牲者の正確な数は今も不明
- 1997年に船体を初発見、今回は28年ぶりとなる再調査
- 調査映像は対馬丸記念館(那覇市)と内閣府ウェブサイトで公開中