2025-07-14 コメント: 2件 ▼
【石破首相「野党は無責任」発言に反発広がる】責任果たしていないのは誰か?裏金と減税放置の自民党に批判
石破首相「野党は無責任」発言に疑問噴出 責任果たしてないのは誰か
国民負担を放置し「市町村が困る」?石破発言に漂う“責任転嫁”の姿勢
裏金も減税も放置して“正論”を語る資格はあるのか
選挙前だけ「責任感」アピール 国民は見透かしている
参院選もいよいよ最終盤に入り、各党の応酬が激しさを増す中、石破茂首相(自民党総裁)の発言が波紋を広げている。7月14日、青森市での街頭演説で石破氏は、野党がガソリン税の暫定税率廃止を主張していることに対し、「無責任だ」と非難。「財源がなければ市町村が困る」とも語った。
しかしこの言葉に対し、国民の間では「そのまま自民党に返したい」と強い反発が広がっている。
「市町村が困る」発言に透ける“国民軽視”
石破首相は、「自分の選挙さえ良ければいいでは、国や地方はどうなる」と野党を非難した。だがこの発言は、まるで“責任感のある政治家”を装いながら、肝心の「誰がこれまで市町村や国民を苦しめてきたのか」という視点が完全に欠落している。
「まず自分たちの裏金で市町村支援してから言ってくれ」
「税金で苦しんでるのは住民なのに、なぜ市町村を盾にする?」
「無責任なのは、減税もせずに給付金でごまかしてる与党のほう」
「市町村を出すなら、交付税をちゃんと回してから言えよ」
「国民に痛みを押し付ける“責任感”なんて、誰も求めてない」
石破氏の言葉は、「責任ある政治家」らしさを演出しようとする一方で、肝心の庶民の苦しさには触れていない。それどころか、「税金は下げないし、使い道の透明性も説明しないが、文句は言うな」とすら聞こえる。
“GDP1千兆円”の空虚な目標に意味はあるのか
自民党の経済公約に掲げられた「GDP1,000兆円を目指す」という目標に対し、立憲民主党の野田代表は「賃金より物価が上がっている中では意味がない」と指摘した。まさにその通りだ。
いくらGDPが上がっても、庶民の生活が苦しければ、それは“国の豊かさ”ではなく、“格差の拡大”でしかない。石破首相の経済観には、「分配」や「生活実感」という視点がまるで欠けている。
そのくせ、石破氏は減税には否定的で、「財源がない」と繰り返す。だが、そもそも財源を食い潰してきたのは、無駄な補助金バラマキ、海外援助、政官癒着による利権構造だ。今こそ政治が率先して身を切り、裏金を全額返納し、企業献金・団体献金を全面禁止することこそが、“責任ある政治”ではないか。
「無責任」批判が通じないのは、与党が信頼を失ったから
石破氏が「無責任な野党」と批判する構図は、かつて自民党が“安定政権”と信じられていた時代には通用したかもしれない。だが今は違う。長年政権を担いながら、増税・裏金・統一教会・物価高・少子化――数え切れない失政を重ねてきた自民党に、もはや「他人を責める資格」はない。
「選挙のときだけ“無責任”を連呼するの、もう飽きた」
「じゃあ、自民党の裏金と無策は“責任ある失敗”なのか?」
「国民に節約させて、自分たちはパーティ三昧だったよね?」
「自分たちの失敗は棚に上げて、野党批判って…見苦しい」
「国民はもう“正論風のごまかし”に騙されないよ」
野党が完璧だとは誰も思っていない。だが、今の自民党にこの国の再建を任せられるのか。それが最大の争点である。
「選挙前だけ責任感」では国民の信頼は戻らない
石破首相の発言ににじむのは、“選挙前だけ真面目なふり”をする政治家の姿である。本当に責任を果たすつもりがあるなら、まずは自らの党が犯した不正と無策を反省し、減税・スパイ防止法・インボイス廃止といった本質的な改革に手をつけるべきだ。
自民党は「耳障りのいい野党」に責任を問う前に、まず「耳障りの悪い真実」――国民の怒りに向き合う必要がある。そうでなければ、「責任ある政治」という言葉そのものが、ただのプロパガンダに成り下がる。